【博報堂×MESON】大手とスタートアップで進める、ARクラウド共同研究の裏側
XR-Hubによる、XR業界の先駆者と知を共創するコンテンツ「XR Innovators Talk」第11弾。
今回は、博報堂DYホールディングスの目黒慎吾氏・MESON社の小林佑樹氏(ARおじさん)のスペシャル対談!
本対談は、「ARクラウドを軸とした体験拡張時代のユーザー行動や基盤技術」に関する共同研究を進める2社の
- 共同研究実施までの経緯
- プロジェクトの体験談
- 大企業とスタートアップが共同で取り組む意義
- 良好なパートナーシップを築く方法論
などここでしか聞けない大変貴重な内容となっております。
では、本編スタートです!
Contents
ARクラウドの共同研究を開始するまで
本日はよろしくお願いいたします。
まずは、博報堂DYホールディングスとMESON社の共同開発プロジェクトが始まった、きっかけや経緯についてお伺いできますでしょうか。
出会いは偶然?エレベーターでの意気投合から始まった
目黒氏:出会いは本当に偶然で、ウェアラブルコンピューティングの研究をされている神戸大学・塚本先生の勉強会が、銀座で開催された時でした。
小林さんをTwitter上で情報発信している「ARおじさん」は知っていたのですが、勉強会に参加した際にたまたまエレベーターの手前で小林さんにお会いして、初めて名刺交換して。
小林氏:僕が開始時間を間違えて、遅刻して参加したときです(笑)。
目黒氏:小林さんを「ARおじさん」と思わずに名刺交換したので、名刺に「ARおじさん」と書かれていてびっくりしましたね。
その頃、僕も社内でXR領域を担当する研究員となってからまだ浅く、勉強会やweb上で色々と勉強していたのですが、様々な情報発信者がいる中でも「ARおじさん」の情報は本当に良質な情報が多くて、当時から非常に参考にしていました。
その後、改めてMESONさんと打ち合わせする機会を作り、僕らは「今後ARクラウドの領域に参入したい」と伝えたところ、MESONさんも「僕らも実はやりたいんです」と意気投合。是非一緒にやりましょう、となりました。
小林氏:当時は海外でも、6D.aiをはじめARクラウドの技術を持ったスタートアップへの投資が増えていて、弊社でもARクラウドに向けた取り組みは始めて行きたいという話は上がっていました。
そんな時に、丁度目黒さんと出会い「ARクラウドに興味がある、ARクラウドを活用した事業を行いたい」と言われ、一緒に取り組んで行きたいと思いました。
現実とミラーワールドをつなぐ技術が、次世代のコミュニケーションの基盤を作る
目黒さんが社内で「ARクラウド活用に向けた取り組み」を始められたのは、どのような背景からなのでしょうか?
目黒氏:広告会社は、CM制作などをしていますが本質的には「コミュニケーションを生むこと」が仕事です。
ウェアラブルARデバイスが普及している時代では、ARクラウドを介在して様々なコミュニケーションが生まれるため、ARクラウドは確実に次世代のインフラになると考えています。
今後、 現実空間と仮想空間(=ミラーワールド)が融合して生まれる新たなレイヤーが新しいコミュニケーションのレイヤーになる と考えていて、現実空間と仮想空間をつなぐ技術やそこでコミュニケーションを可能にする技術として、ARクラウドに着目しました。
とはいえ、自分が所属しているのは広告会社の研究部門ですから、広告効果の予測シュミレーターなど広告マーケティングに直結する技術はあっても、XRなど新しい領域に関わる技術や知識は手薄。
ARクラウド領域はこれからの時代に広告会社にとっても大きく関係のある領域であるとは思っていたものの、自分たちだけでやっていくのは難しいとも思っていました。
そんな時に偶然ARクラウドに関する知識やビジョンを持っていた小林さんに出会い、MESONと博報堂の両社が持つ知見やアセットを組み合わせれば一気に可能性が広がっていくのではないかと思い、共同研究プロジェクトをはじめました。
大手広告代理店×スタートアップ!苦労と、成功の先に見えた光
なるほど、お互いの想いが上手く噛み合った、という感じですね。
とはいえ、「大企業とスタートアップ」の2社の取り組みでは社内構造や価値観の違いから苦労された点は多いのではないでしょうか?
目黒氏:そうですね…。
例えば、プロジェクトに必要となる新しいツールの導入です。
目黒氏:これは多くの企業において当たり前の話でもあるのですが、外部ツールを新たに契約する際などには「そのツールを利用することのリスクはどういった所にあるか?」「既に契約しているツールで代替できない点は何か?」など多角的な精査を行うため、それぞれ関係する部署に確認取りながら導入を進めていきます。
会社の規模が大きくなればなるほど当然関係者も多くなるため、機動力のあるスタートアップと並んだ時にはどうしてもスピードで遅れを取ってしまうということは避けられない問題と感じています。
ただ、「今まで当たり前となっていた自分たちの仕組みを、どのようにアップデートしていくべきか?」については、研究と同時に考えながら実践していかねばならないとても重要なポイントだと感じています。
社内外メンバーへのイメージの共有と感動の共感がプロジェクトを加速させる
なるほど、大企業とスタートアップが協業する時にはそういった点も考えていくポイントなのですね…。
そういった苦労がある中で、プロジェクトを進めるにあたって目黒さんの中で意識されていることがあれば教えて頂きたいです。
目黒氏:とにかく、MESONさんのスピード感や機動力を最大限に活かしてもらえるように、ARクラウド領域に可能性を周囲に伝え、プロジェクトに対する追い風をどう作っていくかを意識しています。
特に社内・社外問わず広報活動には注力しました。例えば、「AR City in Kobe」では神戸市長に実際に体験頂き直接評価をもらい、それを社内のメンバーに伝えることで社内を刺激したりしましたね。
やはり、社外の方から評価を頂いたりお声がけ頂く中で、我々が進めていたことについて社内でも改めて理解を得られたと感じています。
また、XRに直接関係しない業務を進めている部署の社員にも声をかけて展示を体験してもらいました。
少しでも多くの社員に体感してもらうことで、プロジェクトへの理解や共感・賛同を地道に獲得していくことが必要だと思ったんですよね。
そして、可能な限り迅速に、前もって承認ステップをスタートしておくことで、小まめにプレスリリースを出すようにしていました。
まだやはり悩む部分も多く「どう上手く進めていくか」は毎日考えていますが、 リリースを出したり実際に体験をしてもらうことを通じて少しずつ社内の認知度が上がり、徐々に会社の中で理解を得られる場面も多くなってきています 。
小林氏:一番社内で反応が変わった瞬間は「AR City」を作った後でしたよね。
一度実際に「AR City in Kobe」を社内の皆さん向けに体験してもらう会を設けて下さって、その際「面白いから役員に見せよう」と話が発展していきました。
やはり、”実際に触れるデモ”があるとみんな理解できるし、考え方が変わるんですよね。
XR領域のスタートアップは特に、簡易的でも良いのでアイディアを具現化し、「実際に感動を味わってもらう」「イメージしてもらう」といった取り組みはとても重要だと思います 。目黒氏:NrealLightを採用した理由も、そこにもありました。
NrealLightはデバイスとしてのスペックもさることながら、何よりもデザインがスマートです。
小林氏:NrealLightであれば、数年後に街中で人々がARデバイスをつけていることが容易に想像できますよね。
この感覚を多くの人に持ってもらい、イメージを共有することが重要なんです。
お互いの提供価値を確認し、フラットな関係を構築することが重要
小林氏:あとは、 「相互の提供価値を認識し、フラットな関係で進めていること」 が今回の共同研究が円滑に進んでいるポイントだと思っています。
我々MESONがパートナーの企業に提供できる事業価値の1つは、道を示すことだと思っています。
博報堂さんとの今回のプロジェクトでも「ARで何かやりたいけど、何をしたら良いのかわからない」という状態から、僕らがARの専門家として、「博報堂がどうARクラウドを使って、どの方向に進むべきなのか?」というARを活用した事業の道筋を見つけることで価値提供することが出来ました。
先日もとある場所でユーザーインサイトを得るための実証実験をしたのですが、店舗内のユーザー行動の観察からその後のディスカッションまで、会社の境界なく一緒に動いて頂きました。
小林氏:「AR City in Kobe」もファシリテートを始めとした運営をMESON側で行おうと思っていたのですが、目黒さんたちが「我々もやりますよ、やらせてください」と仰って下さり、本当に混合チームでシフトを組んで運営しました。
目黒氏: 僕らとしても、「お互い持っているものを全部出しあって、無いものを補い合ってやりましょう」というスタンスで臨んでいます。それが共同研究ですから。
ARを生活者にとって身近なものにするために
ARクラウドを活用したコミュニケーションアプリに関する先日のプレスリリースでは、「ARをよりの生活体験の中で身近なものにしていく」という方針が印象的でした。
ARを生活の一部としていく中で、心がけているポイントがあれば教えてください。
人の一生に寄り添う、ライフスケールのARクラウドの開発へ
目黒氏:今回の取り組みは、究極的には「グラス型デバイスを常に装着して生活するシーンでは、どういったサービスデザインが求められるのか?」という問いの解を見つけていくことだと捉えています。
そうなると、「生活者の行動に関わる全て」、「次の当たり前」をデザインしたい。
- 屋外ではどの情報をどのように表示させるか
- 情報が出ることで、それぞれの生活者の行動がどう変わっていくか
といったことを一つ一つ考えていく必要があります。
非常に根気のいる作業に感じますが、同時に「一つ一つ考え抜いて生んだ体験デザインが繋がって、また新しい生活価値を与えられる」と考えると、非常にワクワクしてきます。
小林氏: 一言で言うと、「ライフ(人生)スケール」ですね 。
僕らはこのプロジェクトを通して、人生全てにおいてARクラウドがどう関わっていくのかを研究したい。
人の一生なので、想定されるシーンには屋外もあるし、屋内もあるし、家もあれば、お店もある。色々なシーンでのARクラウド活用を研究したいと思っています。
「日常的にARデバイスをつける時代」に向けたUI/UXの研究と気づき
ライフスケールでのARクラウド活用に向けて、どのような取り組みから着手されているのでしょうか?
小林氏:身近な取り組みだと、日常的にARグラスを装着して生活したり、常に小型のカメラを一台服に取り付けて生活しています
昨日休暇もらって夢の国に行っていたので、話題の #Insta360Go を付けて一日撮影してみました!
スマホでは撮れないシーンが撮れて面白い
あと動画撮影中も会話が阻害されないのがとても良い撮影後は専用アプリ内のAIによるスマート編集で自動的にいい感じに動画を選定し、繋ぎ合わせをしてくれます pic.twitter.com/lDL5ZMab1n
— ARおじさん / MESON (@AR_Ojisan) September 14, 2019
デバイスをつけ続けていると不便な点も多いですが、「カメラを通じた世界は、どうみえるのか」「ARグラス付けたらどういう生活になるのか」「常にカメラを起動していると、どういったことができるのか」といったことは実際に身を以て体験してみないとわかりません。
これによって、「Spatial Computing時代の様々な仮説検証」ができてきます。
例えば、常にInsta 360 Goで撮影していると、これが第三の眼のように感じてきたんです。
もちろん器官としての「眼」はずっと付いているし、電池の消耗とかは無いのですが、一方で記憶は曖昧です。
第三の眼(=Insta 360 Go)は電池は消耗するのですが、記憶(=データ)は正確。
「主観的な風景の記憶」と「客観的な風景の記録」が両方あると、撮影した映像を後から確認した時に「こんな風景、あったっけ?」「この風景、あったな…」と様々な気づきがあります。
目黒氏:テクノロジーによって脳の機能が変わることは、頻繁に起こっていますよね。
例えば、自分が子供の頃は友達の家の電話番号を暗記していましたが、今はスマホに登録してしまうので覚えおく必要性もなくなりました。
テクノロジーによる脳の使い方の変化が実際にある中で、カメラが付いているグラス型デバイスを日常的に付けたら、目などの器官や脳の役割も更に変わって行くのではないでしょうか。
AR時代に向けて、伴走したいパートナー像とは
なるほど、興味深いお話ですね…。
現在、様々な企業から引き合いがあるかと思いますが、どのように優先順位をつけていらっしゃるのでしょうか?
戦略的なパートナーシップ選定|インパクトと、生活者発想の2軸で
目黒氏:お声がけいただいたその全てを進めていきたいという思いはあるのですが、 現実的な人的リソースの観点から選択せざるを得ないという中で、「インパクトや驚き」をどう生めるかを考えたいと思っています 。
新しい領域でのチャレンジをしていく時には、社内での説明が難しかったりその意義や可能性について理解を得られないケースも多いはずで、XRに関しても例外ではありません。
それでもXR産業を大きくしていくにはどうすれば良いか、という視点に立った時に「インパクトや驚きによる周囲への影響」にはやはり重きを置いて考えていきたいと感じています。
そして、より大切なのは 「ARを生活の一部として浸透させられるプロジェクトになるか?」 ということ。
先ほどお伝えしたように、我々はあらゆる生活シーンにARクラウドが浸透した世界を考えたいと思っています。
なので、「今回のプロジェクトは、この場所で、こういう生活のシーンにおけるARの導入だった。だから、次はシーンを変えてこういうシーンにARを導入したい」というように、想定される生活のシーンを切り取って研究を進めていきたいと思っています。
御社のフィロソフィーである「生活者発想」を強く感じます…。
目黒氏:それが僕らが提供できる価値なんだと思います。
弊社(博報堂)は企業と生活者の間に立ち、クライアント企業と生活者を繋げてきました。
現在のXR技術を社会に実装していく中でも、常に企業と生活者の間に立ち
「皆に使ってもらえるXRか?」
「XRの実装が新しい生活の価値になるか?」
といった点を押さえ、生活者に価値を感じてもらうことができるソリューションやサービスのUI/UXをデザインしていければと考えています。
未来への想いに共感してくれる企業と取り組みたい
ありがとうございます。
小林さんのお考えも是非お伺いしたいです。
小林氏:基本的にまずは 「我々のビジョン、目標にフィットしているか」 という視点で検討するようにしています。
いまあるニーズを満たすだけでは単なるソリューション提供になってしまいます。あくまで我々が取り組んでいるのはARクラウドが普及した未来図を描くための共同研究です。
我々が描く未来図を聞いて、共感してくれる方や一緒にその未来に向かって研究を推し進めていける方とパートナーを組みたいと思っていて、現在受けきれない案件も「断る」のではなく、可能であれば「お待ち頂く」というステータスにさせて頂いて、継続的にお話するようにしています。
我々も出来る限りの様々なプロジェクトを行いたいので、できる限り踏ん張ろうと思っています。
そして、ありがたいことに我々はNrealLightを早期に入手できたので、 NrealLightとシナジーが大きく生めそうなパートナー企業さんとは積極的にお話していきたいですね 。
まだまだ不完全な部分はあるものの、価格や使いやすさなど、あらゆる側面において我々が思い描く理想的な一般消費者向けARグラスに近いのがNrealLightです。
いまは我々にしかできない実証実験や研究であるという意味でも積極的にNrealLightを使ったARクラウドの研究には取り組んで行きたいと思っています。
XRは既存の産業を再定義し、新たな市場を形を生み出す
様々な困難を乗り越え、熱量高く取り組まれる姿勢に感銘を受けます…。
ここまで力を込めて推進されるモチベーションの源泉をお伺いできますでしょうか。
目黒氏:国内の広告市場の規模は7兆円弱と言われていますが、マスメディアからデジタルへのシフトが進むなど内訳はこの10年でも大きく変化しています。
テクノロジーの進展によって生まれる新しいサービスやプラットフォームによって生活者のメディアとの関係性も変化してきたわけですが、これからXRによってその変化がより一層進むだろうと考えています。
今まで、生活者との情報接点となるメディアは限られた場所にしか存在し得なかった中で、 ARクラウドや空間の認識技術が進めば、現実空間のありとあらゆる場所がメディアになる可能性があります 。
10年後にARグラスをかけている生活が当たり前になっていれば、広告もその表現も今とは全く異なるものになるでしょう。
よって広告業界から見てもXRは難しいけれど外せない文脈であり、知見や技術のあるスタートアップと我々のような広告会社がXR業界を共創していく意義を強く感じています。
スタートアップと大企業担当者の方、どちらにとっても非常に参考になるお話です…。
ARクラウドとNrealLightで感じる、AR時代の幕開け
最後に、ARクラウドやNrealLightに興味のある企業の担当者の方に向けて、メッセージをお願いします。
小林氏:ARクラウドの実証実験は場所やコンテンツがなければ進めることができません。
我々がそれらを1から作るよりも、そもそも魅力がある場所やコンテンツを持っている方々と共同研究をすることで、シナジーが生まれ、より大きな影響を与えることができると考えています。
AR技術の活用方法やユーザーインサイトなどの知見を我々が提供し、魅力的なコンテンツやスペースを持った企業さんとコラボレーションできれば嬉しいです。
まずは是非一度NrealLightを使った我々のデモを体験して頂きたいです。
「AR City in Kobe」ではARクラウドがコンテンツに与える魅力に手応えを掴むことができました。
AR空間に他人の存在が介在することにより、
- ユーザーがアクションしなくてもコンテンツが勝手に更新される
- 形の決まったコンテンツとは全く異なり、ユーザー間交流で様々な化学反応が生まれる
といった形で様々なコミュニケーションが生まれ、ARクラウドのパワーを改めて実感しました。
そして、NrealLightはARグラスを世間に浸透させる1つのターニングポイントになると感じています。
装着しても違和感のないデザイン、ARコンテンツを十分に体験できるスペックはハードウェアとして非常に魅力的です。
この2つが掛け合わさったことにより、 僕らもまだ想像できていないような新しい価値を今後共同研究の中で生み出せるのではないかと思うんです 。
「ARに賭けるなら今」だと強く感じていて、企業規模問わず一緒にプロジェクトできればと思います。
今後の2社の取り組みが非常に楽しみです!
大変参考になるお話、ありがとうございました!
まとめ
いかがでしたでしょうか?
「大企業とスタートアップ」という2社で良好なパートナーシップを築き業界をリードする2社の取り組みは、今後のXR業界においてロールモデルになるかもしれません。
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XR-Hubでは今後も「XR企業のリーダー達のインタビュー」を通じて、読者の皆さまに有益な記事を提供して参ります。
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